さこ街浪漫

GO ON A HIGHWAY

秘密のバー

久しぶりにみつけてお邪魔したところ改装していた。以前はカウンター9席ほどの小さな店であったのに、なんと店の中心を180度囲む形でゆるい半円状にカウンターが延びている。カウンターの内側(つまり店主がいる方)が広い。店主が遠い。隣の客が遠い。白やオレンジを基調とした小綺麗なカフェ風に大胆に模様替えしてしまった。あの店が実はこんなに広かったのか、と驚いてしまった。
 
その店は以前はまあなんというか小さな真っ暗なバーであった。ママが一人。ママといってもおそらくは二十代前半の、おそらく雇われママであったように思う。学生かもしれなかった。高円寺とか阿佐ヶ谷とかにいそうな芸術系のにおいがする女の子だった。
 
彼女と話した記憶はない。いや、話したのかもしれないし、ずっと話していたのかもしれない。彼女の声の記憶もない。低い声だったのか、それとも高い声か。ゆっくり話す人か早口の人か。そういえば他の客と話している記憶もないような気がする。謎の女の子。
 
初めにその店を訪れたのはいつのことだったかもう忘れてしまった。20代の頃か、それともわりと最近なのか。あの店はいつからそこにあったんだろう。いや、そこはどこだったんだろう。高円寺の駅前だったような気もするし、阿佐ヶ谷だったような気もする。下北沢だったかもしれないし、どこかもっと遠くの、いつかたまたま訪れた街だったかもしれない。
 
忘れた頃、ふと気がつくとドアを開けて酒を飲んでいる。どうやってきたかも覚えていないし、いつ帰ったのかもわからない。
 
ずっと探している店。忘れた頃に突然夢の中に出現する小さなバー。
 
もしかしたら今もどこかで、僕に似た誰かがゆっくりとグラスを傾けているのかもしれない。
 
そんな秘密のバーのお話。